音楽ビジネスのフリーミアムモデルを考える

はじめに
普段ニコニコ動画の新サービスについてばかり考えているこのブログだが、元々このブログが最初に読まれるようになったのは、この記事が始まりだった。

要約すると、映画館であれば違法コピーの心配はDVDが出るまでありえない、というようなことを書いた。京都アニメーションにも直接メールでこの案を伝えた。ただ、はてな民にはブックマークでかなり否定されたので、後にゲームセンターでアニメを有料放映したり、ゲーム要素を取り入れてアーケードゲームと融合するアイディアなどを提案した。

最近になって、テレビ放映したアニメをリメイクして、劇場で上映するという形式が増えてきたような気がする。あきらかに「時かけ」の時代とは異なっている。アニメ業界はまだ新たなビジネスモデルの開拓を試行錯誤しているようだが、色々試しているのを眺めるのは面白い。

そして今回別の業界の話ではあるが、「音楽ビジネスの今後」について2ちゃんねるや、はてなで話題になっているようなので、自分なりの見解とアイディアを述べようと思う。ちなみにこのブログは、たまたまニコニコ動画の話題に偏っているわけではない。少なくともニワンゴはユーザーの意見を聞いてくれる。どっかの業界のように見当違いなビジネスモデルを押し付けたりはしない。ただ、今回は自分が音楽活動をやっていることもあり、決して他人事ではないと思ったので持っている考えをまとめたいと思う。内容としては音楽のビジネスにフリーミアムモデルを適用する方法を考える。

参考資料:


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そもそも何故音楽にお金を払うのか
結論から言うと、音楽に金銭に変換できるだけの価値があるからである。では何故CDが売れなくなったのか、それには色々な理由があるだろうから、ここでは「時代の流れによって音楽の商品価値が下がった」とだけ述べておく。

音楽の価値には色々な種類がある。私自身が思いつくのは以下の5種類だ。

  • 商品価値:楽曲をCDなどに収録して売る、客はそのCDの値段と中身が釣り合っているか主観で判断して購入を検討する。値段設定に関していえばメジャーレーベルの場合、シングル1000円、アルバム3000円というバブル時代の麻痺した感覚で設定した価格のまま今もCDは売られている。違法アップロードやクオリティの低下の話を抜きにしても、今の時代の音楽は一昔前よりもあきらかにその商品価値を失っている。
  • 作品価値:楽曲に込められた思いや意味がある場合、そして楽曲が二次創作によってその世界を広げた場合、作品の価値は上がる。例えばryo氏の「メルト」はボーカロイド文化に多大な影響を与えたし、作品の価値も金銭で買えるようなものではない。沢山の人達によって育てられた、とても作品価値の高い楽曲だと思う。消費されるためだけに生まれた曲とはあきらかに異なる。
  • 希少価値:廃盤になったCD、インディーズ時代のライブ音源などには希少価値がある。オークションを例に出せばなんとなく解ると思うが、人は希少価値に対してもお金を払う傾向がある。そして希少価値はカードゲームのレアカードと同じ理屈で意図的に作れるし、楽曲自体にも希少価値を発生させることができる。
  • 付加価値:DVD付きのCDや、CDに付いているシリアルコードをネットで入力するとライブ映像が観れたり、CDのデータトラックに楽譜を収録するといった特典をよく見かけるが、これらは付加価値といえるのだろう。「おまけ」に対してさらに希少価値を加えることによって、同じCDを何枚も買わせるというぼったくり商売の例もある。個人的には音楽一本で勝負してほしいものだが、楽曲の商品価値が低くなっている中、おまけを付けるぐらいしか方法が思いつかないのだろう。
  • 作者価値:たまごに価値があるのであればにわとりにも価値がある。楽曲の作者に実力があれば、同等のクオリティの楽曲を新たに生み出す可能性もあるのだから、必然的に製作者にも人材としての価値がある。その価値が上がれば、仕事の依頼も増えるし、単価も上がるだろう。


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ボーカロイドCDを買う理由
これら5つの種類の価値をボーカロイドCDに当てはめてみよう。まず、ボーカロイドの楽曲には作者がいる。その人がCDを作る理由があるとすれば、まず第一に自分の作品を形に残したいからだろう。同時に、楽曲制作に費やした時間と機材の費用を、金銭として回収したいという意図も多少なりともあるかもしれない。CDを作る上で作者はまず絵師を手配する。パッケージ用のイラストを描いてもらうためだ。これに関してはニコニコ動画で無料公開するのとは状況が違うので、ピアプロからイラストを無償で借りてくるということは難しい。金銭が絡むのだから絵師に対して報酬を支払うのは当たり前だ。そして、描いてもらうからにはもちろん楽曲のイメージを元に描いてもらう。買う側からすれば、この時点でこのパッケージイラストは「付加価値」であり、CDの購入を検討する要素の一つになる。

次に、CDの内容を決める。これまでニコニコ動画で発表してきた楽曲を全部入れるのか、それとも一部入れるのか、アルバムのみに収録する新曲を書き下ろすのか、色々考えられる。仮に新曲を追加するとしたら、それはアルバム全体を1セットで考えるとそのCDの「商品価値」を上げる。他にもバージョンが違うものを収録したり、これまでの曲をアルバム用に手直しするなどして「商品価値」は上がる。

CDが販売されればリスナーはCDを買いに来る。作者は頑張ってそのCDの商品価値を高めようとした。しかしリスナー側はもっと根本的な価値を見出してCDを購入していたりする。それは何かというと「作者価値」だ。リスナーはそのCDを買うことによって「作者が作品作りを続けていくことができる」ということを考慮して、投げ銭感覚でCDを購入する傾向があるようだ。そのリスナー達は、収録されている楽曲に「作品価値」があるのは認めるだろうが、値段と同等の「商品価値」があるか問われたら、必ずしも「はい」とは答えないかもしれない。なぜかというとメジャーや同人音楽と違って、ボーカロイド文化では楽曲を常時フリー素材にして発表しているからだ。無料でいくらでも聞ける曲に対してお金を払う人は少ないと考える。そして、CDが寄付感覚で買われることについては、必ずしも健全なビジネスモデルではないと思う。そして、これはフリーミアムというビジネスモデルに該当しない。そもそもリスナーの良心に頼っている状態で、それをビジネスと呼べるのだろうか。


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音楽ビジネスでフリーミアムを実現するために必要な「希少価値」
ここからは私なりのアイディアを述べるが、その有効性に関しては保証できない。そして、「希少価値」に関していえば、他にも色々な手法が生まれてもおかしくないので、私の意見はその中のほんの一部と考えてもらいたい。

楽曲制作にはプロセスがある。主に作曲→作詞→編曲→ボーカル収録→ミックス→マスタリングといった順番で行われていたりする。各プロセスで試行錯誤が繰り返され、色々な試作音源が生まれる。同時にボツになって捨てられてしまう音源も存在する。あくまでCDとして売るのは完成品なので、そういう捨てられてしまった音源はゴミ扱いするのが普通なのだろう。だがイラストに例えると、それはカラーイラストの制作の過程で描いたラフスケッチを全てゴミ扱いするようなものだ。私は製作過程で生まれたラフ音源やデモ音源、そしてコンピュータ上で行われていた制作プロセスを録画した動画などは、マネタイズできると考えている。一番良い例は料理だ。料理番組や雑誌は調理の過程をマネタイズしている。

もうひとつ、「希少価値」という側面で考えていると気づく点がある。極端な例を出すと、ボーカロイドなどの楽曲はネット上で公開されると、誰でも無料でいつでも聞ける状態なので「希少価値」が無い、つまりゼロだ。しかしネット上で公開する前の段階では、その楽曲ファイルの「希少価値」はMAXだ。まだ作者意外誰も聞いたことのないレア音源である。私はここで発生する「希少価値」はマネタイズできると思っている。

前者は商品というよりもおまけだし、CDを売るための「付加価値」にもできるだろう。CDに付いているDVDにメイキング映像を収録しているアーティストも少なくない。しかし私が提案しようとしているのはCD販売という手法ではなくファンクラブや有料チャンネルといった類のビジネスモデルだ(もちろんCDという媒体も活用する)。


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有料会員には製作中の音源を公開する
まずアーティストのファンクラブ用の登録型サイトを作る。面倒であればニコニコチャンネルでも良い。そのサイトは無料会員と有料会員のどちらかが選択可能で、無料会員はアーティストのブログやPV、メッセージ動画などを観覧できる。有料会員になるにはクレジットカードやウェブマネーで課金するか、CDを購入して中に入っているシリアルコードをネット上で入力すれば一ヶ月分の会費が支払われていることになる。

有料会員は「ブログにコメントできる」というような、「付加価値」の特典が色々用意されている。しかしメインコンテンツは楽曲制作過程の公開である。有料会員はそれをリアルタイム、及びアーカイブ形式で視聴することが可能で、新曲が作られていく過程を確認することができる。また、コメントも残すことが可能で、アーティスト側はリスナーの意見を聞きながら楽曲を制作することができる。例えるなら、客は完成した料理を口にするだけでなく、その料理が作られるプロセスを注視することができる。ちなみにアーティストは全ての楽曲のプロセスを公開しなければいけないという義務はない。

有料会員は一足先に好きなアーティストの新曲を確認することが可能で、そのプロセスも観覧することができる。アーティスト側も、例えば作曲やコンペで選曲をする際に、どのメロディが良いかリスナーにアンケートを取るといったことも可能になる。制作過程を公開すれば、プロを目指している層を取り込むことも可能だろう。おそらく彼らにとっては最高の教材になる。

売り上げに関してはCD以外の収益が発生するわけで、CDが販売されていない海外のリスナーにもリーチできるメリットがある。もちろん無料会員も無視せず有料会員コンテンツとのバランスを取る。手軽に有料会員になる方法としてCDを利用することで、CDの売り上げも上がる可能性がある。何より、リスナーとアーティストの距離が縮まることで、より良い作品作りをアーティストができるようになるのではないかと期待する。


最後に
このアイディアをボーカロイドPでも実現できるように、ニコニコチャンネルでクリエイターチャンネル的なものが作れないか考えていたのですが、それはまた別の機会に書きたいと思います。あと、自分のサークルでもこのようなビジネスモデルを適用していこうと思っています。ボカロPの場合メジャーアーティストと違い、CGM文化を尊重する義務があるので、あからさまな課金ビジネスを始めるとコミュニティから反感を買います。だからこれをやるとしたらウェブ投げ銭と組み合わせるのが良いのではと考えています。そこを具体的に実行するには、CGM文化の暗黙の了解という壁をどう越えていくかという課題があるので、自分なりに試行錯誤してみたいと思います。