無料コンテンツがもたらす崩壊

はじめに

ドワンゴの川上会長のエントリーが最近話題になっている。コンテンツの価格に関しての議論の中で、無料が当たり前になることについて徹底的に批判している。ちなみに自分はどっちサイドの人間かというと、おそらく川上氏サイドの意見を持っている。それを前提にこのエントリーでは、無料コンテンツがどのようなものを壊しているか例を挙げながら説明しよう。

ボカロ界の最大の問題はお金
自分はボーカロイドでの作曲活動をしているため、他のクリエイターとのやり取りもしている。その中で、私のほうが色々質問をするのだが、とあるクリエイターの発言が印象に残っている。内容としては「商品化するのであれば追加コンテンツを収録しなければ買ってくれる人に申し訳ないし、ニコニコ動画にアップされているものだけで構成されているものには商品価値はない」という類のことを言っていた。これはつまり言い換えれば「ニコニコ動画に作品をアップすることではその作品の商品価値は上がらない」、「無料で聞けるものだけでは売る価値がない」ということである。

ボカロコンテンツの商品化の過程で、正式な契約に至らずにコンテンツだけ奪われて発売されるというのは、以前ドワンゴの着うた事件であったことだが、初音ミクのCD・DVD・ゲームなどで企業がクリエイターに対してちゃんと契約をして印税を払っているかどうかは疑わしい。なぜなら圧倒的にクリエイターのほうが不利だからだ。企業対個人という関係で公平に交渉できるほど世の中甘くない。クリエイターは交渉のプロではないため、企業側はそこに付け込んでくるのが現状なのではないか。クリエイター達はボカロ文化への影響を懸念して問題を表に出すことはないかもしれないが、ファンの見えないところで「お金」は確実に問題になっている。あなたが持っているそのボカロCD、印税がちゃんとボカロPに渡っていると断言できるだろうか?仮に渡っているとしても、それは本当に適正価格なのだろうか。


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そもそもクリエイターが事務所に所属していれば、間に誰か入って交渉するので、ギャラの値段に関してもダンピング状態になる心配もないかもしれない。しかし現状ではボカロPのほとんどはネット上で個人として動いている。そのため、悪質な業者の標的になりやすいのだ。これは、PIXIVの絵師にも同じことが言える。そしてこの問題の根本にあるのが「コンテンツの無料公開」である。クリエイターはニコニコ動画やPIXIVなどのタダ見が大前提の場所で創作活動をしている。そこから経由してくる仕事の単価が安いのは、まぁ必然だろう。特に個人のクライアントの場合、コンテンツの無料公開を引き合いに出して安く値段交渉してくることも珍しくない。「ネット上での無料公開を想定していますので安くしてください、できれば無償でお願いします」よくあることだ。私のほうにも先日作曲依頼が一件あったのだが、作曲ができないけど誕生日にオリジナル曲を贈りたいから1曲無償でお願いします、という内容だった。失礼かもしれないが、なぜ私が見ず知らずの方への誕生日プレゼントを作らなければならないのだ。それは間接的にプレゼントに掛かる費用と時間を私が負担することになるのではないか。この依頼に関してはどう返答すればいいか困るし、それだけでも大切な時間が奪われる。それもこれもネット上の無料公開が当たり前になっているから、ユーザーの感覚が麻痺して、他人に無償労働を要求するような非常識な行動を起こすのではないだろうか。楽曲を制作するために必要な対価というものの感覚がなく、新曲やイラストは放っておけば溢れ出てくるものだと勘違いしているユーザーが多いのではないか…といえば失言になるかもしれない。1曲作るのに何万円も費やしている立場から言えば、もう少し現場のことを勉強してほしい。こういうユーザーには制作費という概念自体が存在しないわけだし、そういう人たちに音楽を売るなんて相当難しいと思った。

コンテンツが人質に捕られている
ボーカロイドの話から離れて商業コンテンツに話題を変えてみよう。自社の製品が違法に複製製造されて巷にばら撒かれるということがあれば、それはその会社にとって大打撃になる。当たり前のことだ。コンビニの外でコカコーラが山積みになっていて、看板に「無料です、ご自由にどうぞ」と書いてあったら、あなたはコンビニに入って飲み物を買うだろうか?ちなみにこの場合コカコーラだけではなく他の飲料の売り上げにも影響がある。もちろん安全性を考慮してお好みの飲料をちゃんと正規購入する人もいるだろう。しかし、コンビニの外でコーラ飲み放題という状況は、集客効果はあるかもしれないが、店にとっては営業妨害以外の何物でもないはずである。店側の私有地なのだから、そのコーラの山を撤去する権限もある。しかし、客からは「何故コーラを撤去する」と抗議が…来るはずがない。現実世界では大抵の人は常識を持っている。それが異常な光景であることも知っているはずである。しかしネットでは、違法でアップされているものが権利者に削除されると、ユーザーから抗議が来るというではないか。いかに無料公開がユーザーの感覚を麻痺させ、当たり前に機能するべきシステムを機能させなくしているかということだ。


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自社のコンテンツが違法で出回っている場合の対処方法は主に二つだ。(1)そのコンテンツを削除する、(2)独自にコンテンツを無料配信する。両方が実行されることもあるし、どちらかのみを実行する企業もいる。(1)をせずに、そのコンテンツに広告を付けて収益を上げるというのは角川等がYouTubeで取り組んでいる。しかし今の時代、企業にとって客は神様でもあり、最大の敵にもなり得る。正規購入したユーザーがそのコンテンツを違法放流することも考えてビジネスモデルを構築していかなければならない。だからといって(2)がその答えであるかは疑問に思う。無料公開を防ぐには自社で無料配信するのが一番かもしれないが、それは同時に自社の商品の価格をゼロにすることを意味する。それでビジネスができるような仕組みを考えることが出来るのならそれでもいいが、できないなら安易にFREEという流行りに流されることはしてはならない。今の時代、ユーザーの価値観が企業利益に直結しているといえる。だとしたらまず教育を視野に入れて動くべきだ。

コンテンツが有料であればユーザーは「一度も確認したことないものにお金が払えるわけがない」と言い、企業にコンテンツの無料公開を要求する。公開されなければ違法で視聴することもある。そしていざ無料公開すると「なんで無料で見れるものにお金を払わなければならないの?」と言ってくる。ユーザーは基本的にわがままなのだ。


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このような考え方をするのはユーザーがネット上でのマナーや価値観についての知識しっかり身に付けていないからではないか。今学校でどういう教育が行われているのかは詳しく知らないが、やっていたとして、そのやり方は正しいものなのか正直疑問に思う。個人的には、著作権の大切さを教えるのであれば企業が学校側と提携するべきである。実際に学生に物作りをさせて仮想ネットショップでコンテンツを販売し、学生同士が互いの商品を仮想ポイントで購入したりするだけでも、ネット上のコンテンツに対しての意識は大きく変わるはずだ。彼ら彼女らは未来の顧客なのだから、今のうちに正しい価値観を植え付けておかないと将来的により多くの産業が崩壊する。偽物バッグを買うのが当たり前のアジアの一部国々と、本物に拘る日本とで異なるのは取り締まり体制と価値観の違いだ。それだけでビジネスモデルが成り立つかどうかが決まる。

学校ではないが、実際私自身は作曲活動を始めた当初、楽曲制作費は1曲辺り3000〜5000円で十分だと思っていた。しかし、これを時給換算すると国が定めた最低賃金を余裕で下回る。私は依頼をすることで初めて相場を知り、適正価格をクリエイターに支払うようになった。今では私がアレンジャーなどに支払う金額は上記のそれより一桁多い。私が言いたいのは、ユーザーはクリエイターの立場に一度なってみないと考え方を変えないだろうということだ。あと、若者を相手にネットでビジネスをしたいのなら、学生にウェブマネーの買い方を動画で教えるくらいのこともしないといけない。じゃないと彼らは永遠に乞食メンタリティーのままになってしまう。

最後に
コンテンツの無料化はユーザーの意識を根本から変えてしまう。無料が当たり前になるほど脅威と呼べるものはない。これからの時代はネットでいかにユーザーにお金を払わせることができるかが鍵になってくる。ネットは販促専門、利益はリアルという考え方でいると、ITの発展の意味がない。ネットでお金を動かすこと、それを当たり前にすることでユーザーの意識も変わり、次第に皆ネット上でお金を使うことに抵抗がなくなってくるのではないか、私はそう考える。そしてネットという新しいプラットフォームにはそれに適した新しい売り方を見つけることが必要である。それがコンテンツ産業の崩壊を食い止める唯一の手段だ。


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